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2018年3月 8日 (木)

ワシは大阪・守口で「玉座」を見た

飯山一郎
平成30/03/08(木)  
これが「玉座」だ!
1ヵ月間の「大阪遷都」その証拠
玉座 玉座2
大阪・守口市・難宗寺に今も残る明治天皇の玉座(撮影:飯山一郎,平成30年3月6日)
1868年(慶応4年)3月21日,明治天皇は(三種の神器を携え)大阪に行幸.
明治天皇は,盛泉寺近隣の難宗寺に玉座を置き,宿泊された.
三種の神器は守口の盛泉寺に奉安,仮宮殿とした.
仮宮殿とは,内侍所(ないじところ・賢所・かしこどころ)のことで,天照大神を祀り,天皇が祭祀を行う最も重要な聖域.

つまり,この時,わずか数週間の間だけではあったが,この場所に天皇がいて賢所があったという事は,ここが日本の中心=首都であったという事になる.
以上が,「幻(まぼろし)の大阪遷都」の由来である.

「大阪遷都」は,大久保利通の『大坂遷都白書』に沿った計画だったが,これは京都の公家連合の猛反対により頓挫.

その後,前島密(ひそか)の『東京遷都論』が優勢になり…,京都・公家連合を説得するために『京都・江戸二都論』が言われる.

『京都・江戸二都論』とは,京都が「主」で,江戸は『東国を統治するための東の都(みやこ),すなわち“東京”(とうきょう)』 と.

たしかに,“東京”が日本の首都である!という「遷都の詔(みことのり)」が発されたことは,ない.

しかし“東京”は,事実上ニッポンの首都あり,首都機能の全てが東京にあり,ニッポンの標準語も“東京弁”だ.

もしも大久保利通の「大阪遷都」が実現していたら…,日本人は,”大阪弁”を普通に話すことになっていた!…野鴨www

それにしても…,守口市・難宗寺に今も残る『玉座』の間には,何とも荘厳な空気が漂っていた!

それをワシは,日本国に雲上から君臨する“天皇の重み”と感じた.
飯山 一郎 (72)

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