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2017年6月 8日 (木)

人生は冥土までの暇潰し
2014年6月24日、ぽんぽこ笑店から和香園のあらびき茶を初めて購入、爾来3年が経つ。和香園のあらびき茶は実に美味しく、家族や親戚で愛飲してきたものである。ところが、その和香園のあらびき茶に、深刻な品質問題が発生した。そのあたりの経緯は、以下のスレッドを一読されたい。
あらびき茶の効果

和香園のあらびき茶は、飯山一郎さんが苦労して商品化し、アマゾンでの販売を軌道に乗せ、さらには海外での販売も計画中だっただけに、突然の今回の品質問題、飯山さんの心中を察するに余りある。これは、手塩にかけて育ててきたわが子が、人の道に外れるようなってしまったのに等しかろう。

ともあれ、今後は飯山さんが徹底して目を光らせ、監修した「飯山一郎ブランド・あらびき茶」以外、和香園のあらびき茶は購入するべきではない。尤も、その「飯山一郎ブランド・あらびき茶」も、間もなく売り切れになるだろうが、心配は無用だ。何故なら、あらびき茶以外にも、放射能対策はいくらでもあるからだ。たとえば、乳酸菌ヨーグルトもあるし、ぽんぽこ笑店が販売している玄米で乳酸菌液を仕込んだり、あるいはヨモギ漬け物でも乳酸菌液を仕込むことはできる。そして、それを飲むだけでも、十分にあらびき茶の代用になるはずだ。

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福の神来る

また、亀さん個人としては〝水〟をお勧めしたい。たとえば、飯山さんが今後、あらびき茶の代わりに飲むという「霧島の秘水」がある。

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なお、拙稿「清水精一と山窩」で、紀州なる人物を亀さんは紹介しているが、紀州は実に水というものを知る人であった。以下、『サンカとともに 大地に生きる』(清水精一 河出書房新社)から引用。

紀州は生水が好きであった。いつも生水をがぶがぶと飲むのであった。決してお茶だのまたお湯だのは飲まなかった。井月も水が好きであった。生命だ生命だと言って喜んで水を飲んだ井月に、うまいうまいとほんとうにうまそうに水を飲んでいる紀州はそのままであったと思う。これも層雲派の俳人で、今山口県小郡の其中庵にいる種田山頭火という人は、
へうへうとして水を味ふ
と言った。ひょうひょうとして生水を味わう。そこに人世の真の味がある。
紀州はいつも私に、若、人間も生水の味わいを知らねばまだ駄目だ。など云っていた。今の世の中はなんとなく刺激の強いものでなくては味わえないようにすら考えている。そしてものの真の味わいに対しては麻癖しているようにさえ思われるのである。ウイスキー、ブランデー、サイダーなどを求めている。こうした飲料は酔うには好いであろう。一時的刺激を与えるには効果もあろう。しかし人間を真に生かすものにはならぬのである。
西行や芭蕉も水を好んで飲んだらしい。私は先年吉野の奥の西行庵を訪れたことがある。庵の辺りには巌の中からぽたりぽたりと雫になって落ちてる苔清水がある。西行はあの堅い巌石の底から出て来る清水を毎日毎日心ゆくばかりに味わい得たことと思うのであった。その苔清水の巌に「露とくとく試みに浮世すすがばや」と芭蕉の句が刻みつけてあった。私はそれを見て、紀州が水の好きであった事を今さらのように思い出したことであった。
紀州は、今の人間は水の味を忘れている。飯は俺にはとても贅沢だがその飯の味さえも解らんのか、と言ったことがある。水は水以外の特別な美味さは持たないであろう。しかし人間になくてはならぬものである。唐辛子やわさびはぴりぴりしてお酒の肴には時には好いかも知れぬ。しかし人間を生かすには飯がなくてはならぬ。今の人間はそうした真物を見失って、特別のものを求め過ぎているのである。紀州の一言は今の世の人には尊い言葉だと思う。紀州の言葉は、ドン底から出て来る、しかも堅い巌の中からぽたりぽたりと雫になって出て来る生水の言葉である。
紀州は酒が好きであった。仲間の貰いの多い時には、相当に量も飲めるのである。嬉しそうな顔をして、千両だ千両だと言いながら飲む姿は、言葉もそっくり井月そのままのように思える。そして紀州は酔うて来ると、「丸い玉子も切りようで四角」と童顔そのままで口癖に歌うのであった。
俳人には酒の好きな人が多いようである。放哉、井月、山頭火、みな酒仙である。私はあまり多くは飲めないが、ちょうど六七勺というところであるが、ある時紀州と一緒に秋月のよい夜、胡瓜一本に味噌をつけて飲んだことがある。紀州は胡瓜一本もあれば一升くらいは平気である。そして童顔で歌う。酔えばそのままごろりと横になるのである。
紀州の一番好きであったムクという犬は、いつもその側でころりと寝ているのが常であった。紀州は犬も虫も人も皆同じようになつかしい友であったのである。
酒は辛いものである。その辛い中に味わう美味である。その辛いものを真に味わうものこそまた真の水の美味さを味わうことが出来るようでもある。酔い醒めの水の美味さは一段と美味いものであるが紀州は人世の辛みも美味さも味わい尽くして、そして生水の美味さに徹して来ているように思える。
灘の酒はその水の加減で芳醇なのであると聞いている。水と酒とは離すことの出来ないもののようにさえ思われるのである。紀州はその水と酒とが好い加減に調和して芳醇なものになっているものでもある。円く練られた人間は乞食の中にいてもやはり光っている。

『サンカとともに 大地に生きる』p.192~194


また、以下のような記述もある。

へうへうとして水を味ふ     山頭火
暑さの頃清々しい苔清水を口づけつつ味わうのも永い一生にまことの味わいである。また病に疲れた身体を腹ばいながら深山の谷川の水を心ゆくばかり味わうのも、人生のまことの味わいである。人の生涯と水。人間は真に水の美味さを味わい得るほど幸福はない。また水の美味さを味わい得ずしては人生の妙味は解るまい。

『サンカとともに 大地に生きる』p.72

この行を読み、懐かしい青春時代を思い出した。亀さんは二十代の頃、夏の中央アルプスだったか尾根歩きをしたことがある。あの時、下界の蒸し暑さを忘れさせる爽やかな涼風、今でもこの身体が覚えている。そして、ヘトヘトになって下山していた時、道ばたに清水が湧いていたので飲んでみたところ、これが実に美味しかった。爾来、あの時に飲んだ湧き水を超える水を、亀さんは飲んでいない。

ともあれ、和香園のあらびき茶は飲めなくなってしまったが、、「人間、なんとかなるさ」くらいの気持ちで生きていけばいいではないか。和香園のあらびき茶が駄目になったていどで、精神的に落ち込む必要はまったくない。
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