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2016年10月13日 (木)

青州で思ふ(6)

人生は冥土までの暇潰し
 
青州で思ふ(3)」では中国本土、「青州で思ふ(4)」では遼東半島と朝鮮半島、「青州で思ふ(5)」では日本列島を舞台に、青州で飯山一郎さんから聞き及んだ歴史秘話を簡素に述べてきた。特に「青州で思ふ(5)」で紹介した「金王朝の “深い深い謎”」に目を通した読者で、済州島(百済の一部)の御方であったさる人物が、身の危険が迫り、命がらがら九州へ亡命、その後大阪に入るに及んで天智天皇に仕え、やがて天武天皇になられた(西暦673年)という飯山説に接し、腰を抜かした人も多かったことだろう。
◆2008/12/23(火) 歴史発見! 天武天皇は志布志から大阪に向った!

無理もない。我々は学校の教科書で天武天皇は、「舒明天皇と皇極天皇(斉明天皇)の子として生まれ、中大兄皇子(天智天皇)にとっては両親を同じくする弟」と教わってきたのだから…。しかし、飯山説によれば天智天皇と天武天皇との間に血縁関係はないとのことであり(兄弟説の否定)、さらには天武天皇が済州島の御方だったと言うに及んでは、誰もが我が耳を疑ったはずだ。

大分前置きが長くなった。今回の「青州で思ふ(6)」では、青州で聞き及んだ飯山説の最終話として、天武天皇の即位から700年以上の時空を超えて、1392年の南北朝合一あたりに時計の針を進めてみよう。その当時、途方もない秘密が九州の下甑島(しもこしきじま)で発生しており、しかも、その秘密は皇室に深く関わるもので、現代の世においても脈々と生き続けているという。この下甑島については以下のスレッドで、熱い意見が交わされているので参照されたい。
飯山一郎へ伝言・密告・質問・短信etc -11-

また、以下は下甑島を巡る投稿を上記スレッドから拾ったもので、どのような意見交換が行われたのかが大凡分かるはずだ。

●「大化の改新」の前に、蘇我氏(仏教派)と物部氏(神教派)に分かれて争った。その舞台が九州だった!
●次に、時代が下って、南北朝の時代。南朝と北朝が激しく闘った舞台も南九州だった。その結果、南朝側が南九州でも敗退し…、下甑島(しもこしきじま)まで逃亡していった。
その下甑島(しもこしきじま)には…、今でも楠木正成の末裔を弔う豪商がいて、莫大な南朝の資金が、なんと今も!東京やアジアの某地で活用されている…という驚愕の秘密!
●和田家の当主は、皇室に関する秘密も握ってます。それを知られることを怖れてはいますが。
●とまれ、下甑島(しもこしきじま)には、皇室の秘密の歴史が隠されたままです。
●あと…、秘密結社「薩摩ワンワールド」と、甑島(こしきじま)の関係。
深追いすると、皇室と英国の関係が透けて見えてくる…。
●江戸中期。下甑島(しもこしきじま)で温存された南朝の「血脈」が、島を出る時が来た。島を出て、薩摩に上陸し、薩摩の地で力(ちから)を蓄えた。そこが、薩摩の「熊毛郡・田布施」だ。金峯山の麓(ふもと)の…。ここから長州の「熊毛郡・田布施」までは、一瀉千里だ。しかし、薩摩ワンワールドは、薩摩の「熊毛郡・田布施」の地名を、巧妙に隠している。
●なぜ? 何故に「熊毛郡・田布施」という地名を隠そうとするのか? 天皇家の秘密の…。
●じつは昨日…、「志布志の地で南朝軍と北朝軍が激突した!」という600年前の証拠(石碑)を見に行った。私は、その石碑の余りの迫力に腰が抜けて、現場にヘナヘナと座り込んだ…。
この激突で南朝軍は敗退し…、下甑島(しもこしきじま)に逃げ込んだワケだが…、このことを知らないまま、和田家の当主(数兆円規模のファンドをマカオで経営している)は、私に会いに志布志まで来ている。3回も。また今度ヤツが志布志に来たら…、この情報を、私は数百億円で売りつけようと思っている(爆)
だって…、ヤツは、今も政界の貧乏政治家たち(ほとんどが貧乏、かつ守銭奴だ!)に数百億円のカネを貸している(返済はアテにしてない)んだからな。
●下甑島の和田家は、楠木正成の弟、正季系(近畿系)ではなく、楠木正成(大楠公)の嫡男、正行(まさつら、小楠公)の直系を自認しているようだが、伝説!というのが通説。
    しかし、下甑島(しもこしきじま)の和田家は、楠家の直系の子孫であることを(一切公言せずも)自認しており、今に至るも徹底して後醍醐天皇側。
    300年近い北朝の天下では、南朝は逆賊。その逆賊の謗り(そしり)を耐えぬいてきた! という強い「誇り」を持っている。
    600年前、北朝側が南朝側を「根絶やし」にすべく、南九州は志布志まで追討してきた「証拠」(石の板碑)を見ると、下甑島の和田家こそが楠木家の本流・直系であるとの「自認」が正しい! と、私は思っています。


すっかり失念していたが、拙ブログでも下甑島についての記事を書いている。
薩摩ワンワールドと皇室

以下は同記事の概要を示す行である。

(1)第一ステージ九州を舞台に、大化の改新に先行して蘇我氏(仏教派)と物部氏(神教派)が戦った。
(2)第二ステージ::同じく九州を舞台に南北朝の時代、南朝と北朝が志布志で激しく戦い、南朝が敗北、南朝の生き残りは下甑島(しもこしきじま)へ逃亡した。
(3)第三ステージ江戸中期、下甑島に逃亡していた南朝側の子孫が、薩摩に聳える金峯山の麓に移住、準備を整えた上で長州の熊毛郡・田布施へと向かった。


さらに突っ込んだお話を青州で飯山さんから聞き及んでいるが、とてもネットで公開できるような内容ではなく、このあたりで止めておこう。

以上、青州で飯山さんから聞き及んだ日中間の秘史について、「青州で思ふ」の(3)~(6)で述べてきたが、ここでひとまず歴史については終わりとしよう。今後だが、日中韓に跨がる歴史について個人としてどのように格闘していくか、考えていきたいと思っている。

最後になったが、青州において長い時間をかけ、歴史に纏わる貴重なお話をしていただいた飯山さんに、同席していた同志ともども厚く御礼申し上げる次第である。

16101301
皇居外苑の楠木正成像

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