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2016年8月27日 (土)

二つの玉音放送 その5

人生は冥土までの暇潰し
 
■二・二六事件に見る日本の原理
小室直樹の『昭和天皇の悲劇』に、「二・二六事件を貫くパラドックスこそ日本人の根本理念である」と題した小節があり、そこに書かれている内容に驚いた読者も多かったのではないだろうか。ご参考までに、以下に同小節の結語を転載しておく。

二・二六事件を貫いているのは、人類がギリシャ以来親しんできた論理とは別世界の「論理」である。
決起軍には反乱軍である。ゆえに、政府の転覆を図った。それと同時に、決起軍は反乱軍ではない。ゆえに、政府軍の指揮下に入った。
決起軍は反乱軍であると同時に、反乱軍ではない。ゆえに討伐軍に対峙しつつ正式に討伐軍から糧食などの市況を受ける。
決起軍は反乱軍でもなく、反乱軍でないのでもない。ゆえに、天皇のために尽くせば尽くすほど天皇の怒りを買うというパラドックスのために自壊した。
この論理こそ、日本人の思想と行動とを貫く根本的理念となった。
日本人はこれ以降、かかる根本理念から逸脱したことはない。
そしてこのパラドックスこそが、昭和天皇の悲劇の源となったのである。

『昭和天皇の悲劇』p.95~96


〝日 本人の根本理念〟について、このように小室による文章を読むと戸惑うかもしれないが、この〝日本人の根本理念〟なるもの、実は毎日のように我々は体験して いるのだ。そうと気づかないのも、我々は呼吸している大気を意識していないように、あるいは、水中の魚が水を意識していないように、小室の言うところの日 本の根本理念が、すっかり日本人の血肉と化していることの何よりの証と云えよう。

小室のように海外の大学院で研鑽を積んできた者による文章を読むに、今まで意識していなかった日本の根本理念の存在に気づくのだし、それが国外では極めて異質の理念として受け止められていることに、改めて気づかされるのである。そのあたりを悟ることができるのが、前回紹介した日本教についての動画なのだ。尤も、同動画の主テーマは宗教、それも日本教という一風変わったテーマだった。しかし、上述の二・二六事件と通底しているものがあることに、気づいた読者も多かったのではないだろうか。

以上で昭和天皇と玉音放送は一旦終えることにしたい。二つの玉音放送シリーズの後半、すなわち明仁天皇の玉音放送については、少し時間をおいて再開したいと思う。

【追補1】 『昭和天皇の悲劇』の最終小節
以下は、『昭和天皇の悲劇』の最終小節で、「昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である」の全文引用(p.192~194)である。何等かの参考になれば幸いである。

昭和天皇の悲劇こそ奇蹟である
そこで思い起こす。
昭和天皇が戦後、地方巡幸に出られたとき、その土地土地の人は言った。「せめて陛下の口からごめんなさいのひと言が聞きたかった」
しかし、陛下は最後までそれを具体的には口にされなかった。
なぜか。
陛下が国民に語りかけているお言葉を聞けば、その気持ちがおありになる(内面ではお思いになっている)ことは火を見るよりも明らかだ。
しかも、陛下はそれを表に出さらない(外面にお出しにならない)。
内面と外面の峻別。まさにこれはパウロのテーゼではないか。
その理由を今こそあげよう。
もし、陛下が「ごめんなさい」と言ったら戦争中陛下のためにと叫んで死にたもうた英霊になんとする。
考えてもみよ。その瞬間、日本を支えてきた秩序はすべて崩壊する。
急性無秩序状態。
オヤジよりも、カミナリよりも、地震よりも恐ろしいこのアノミーが戦争直後のボロ船たる日本を襲えば、もはやその後に今日の大国・日本の千分の一の姿も見ることはできなかったであろう。
かかるところまで考えを及ばせば、陛下のとった行動はもはやキリスト並みの奇蹟としかいいようがない。
しかも、この奇蹟の意味を最後まで理解されることなく崩御あらせられた昭和天皇。
そのご無念のほどは、はたいかばかりか。
我々日本人。
昭和天皇の悲劇の上に咲いたこの奇蹟に感謝する千万の理由があろうとも、一片の非難も見出すことはない。
昭和天皇の悲劇……これこそ奇蹟である。
そして、昭和六十四年一月七日のこの日、日本人が失ったものがいかに大きかったか、年を追って強く気づくであろう。


【追補2】 さる舎人からの批評
今回の「二つの玉音放送」シリーズの前編にあたる、「昭和天皇と玉音放送」の草稿は3年前に完成していた。その草稿を2年半前にさる舎人に目を通していただいたところ、以下のような回答が届いている。

ま ず、世俗的な見方では亀さんの見解は間違っていない。しかし、神格天皇の世界は遙かに文字(もんじ)を超えている存在なのだ。つまり、小室直樹にせよ孫崎 享にせよ、文献を有り難たる姿勢(物証主義に埋没した姿)がありありである。神格シャーマンに必要なのは畏怖心であり、畏怖を相手に感じさせるレベルに達 しているのが天皇である。この畏怖こそアニミズム、シャーマニズムに繋がる。しかし、それは大変な道のりの故、世俗世界ではジャーナリズムという、「こと さきだちて」ならぬ文字という安易な世界に行くのである。そして、生まれるのが蛭子であり淡島というかたわということになる。
平成24年8月10日(金)


16082701
1936年2月27日付『東京日日新聞』(現毎日新聞)

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