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2012年5月19日 (土)

TPP拒絶の本質について  (『夢想弄翰』 山科恭介)

TPP拒絶の本質について  (『夢想弄翰』 山科恭介)

【飯山一郎のコメント】 山科恭介が冴えている。山科の「日米の法体系の比較論」は単なる比較ではなく、比較によって日本という国が「官僚国家」であり「専制国家」であり「非近代国家」であることの本質が見えてくる。必読! である。
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『TPP拒絶の本質について』 山科恭介
新 党日本、田中康夫のサイトにおける彼の説明や、かつては通産官僚を経験し、京都大学大学院で国際関係論を専攻している中野剛志の意見などを聞いていると、 さすがに無条件下でのTPP受け入れは厳しそうだなと感じるのだが、なぜそうなのかをネット上で探しても、また専門家の説明を聞いても、依然として釈然と しない。

感情的には、その後の実態を想像すると嫌な気分になるのだが、
やれ、あれがどうの、これがどうの、そのうちこれがこうなるとか、散々言われているが、
どうしてそうなるのかをきちんと論理的に説明していないように感じる。
そこで個人的に、なぜ駄目なのか、決着をつけてみようかと少し考えた。
もちろん、これが読者諸氏の最終決着になるかどうかなど、そんなことは知らない。(爆)

結局、法治国家での人間の行動は、その国家の法律に制限されるという極めて順当な結論に導かれた。
それは、金融副大臣を経験した民主党の大塚耕平なども時折話してはいるのだが、日本と米国との法体系の違いが重大問題となるようだ。

様々な憶測が流れてはいるものの、根本として米国は自由主義の国家であり、その法体系は 「禁止体系」 となっている。そこで規定されているのは 「やってはいけないこと」 であって、基本的には、それ以外は何をやってもお咎(とが)めがない。
一 方、日本は、「許可体系」 の法体系を明治以来保持していて、これはドイツのプロイセン憲法下での官僚独占を前提に、それを夢見て制定された。その後、太平洋戦争敗戦を経験し、大日 本帝国憲法から日本国憲法へと憲法の趣旨は変わっても、その下の法体系の趣旨は変わることはなかった。

よって、日本は依然として 「やってよいこと」 が示されており、基本的には、それ以外は 「やってはいけない」 という理屈になる。
だが、それではほぼ民衆の生活が成り立たない。
実社会においては、人間の良心として絶対やってはいけないことは、国民すべてが通常の日常生活ですでに会得している。
例えば、殺人だとか強盗だとかはもちろん駄目なのであるが、その中間の 「やってよいこと」 あるいは 「やってはいけないこと」 がグレーゾーンとして存在してしまう。それらが混在している、もしくはオーバーラップしている場合も多々あり、その判断が民衆には下せない。
当然ながら、米国にもその種のグレーゾーンは存在するが、その 「数」 と 「幅」 が日本とは全く違う。日本は、それが極端に大きく、かつ多いのである。
なぜなら、許可を与えるものは限られており、絶対不可と許可されたものとの間隔が広く、実生活上の事例として、それはほぼ無限大に存在するからである。

そうなると、人々がやって良いことか悪いことかが、実生活上で判別できない事例が多数存在するということになり、結果、誰しも法律を犯すのは嫌だから、その判断を官僚(お上)にお伺いをたてるということになっていく。
従って、日本は何をやるにも官僚の許可が必要となる。
そして、そのグレーゾーンにおける許可不許可は、明らかな前例が無い場合、官僚の裁量に委ねられることになるのだ。
ここに官僚の<裁量権>が発生する。
これが官僚の一つの力の源泉となり、権力を持つ素地が生まれる。
明治以来、そんなことをやり続けているのだから、その権力が増大し強権となるのは当然のことなのだ。

卑近な例では、道路交通法が最も解りやすいだろう。
極端なことを言えば、40km/h制限の道を41km/hで走行していても、まず捕まらない。
だが、その道を100km/hで走っていて、たまたま、そこに交通警官がいたら、100%捕まってしまうのだが、バカ以外にはそんなことはやらない。
多くの人は法制限は判っているのだが、それをほんの僅かに超えて走るのが常だ。(笑)
ところが、その警官が超気分が悪くて、あるいは狙った人間がそのスピード(41km/h)で走行していたとしたら、これは間違いなく法律違反なのだから検挙の対象となる。
多くの場合、それは 「お目こぼし」 となって事なきを得るのだが、厳密に法を適用すれば、
そうなるということだ。
そういった時に検挙するかしないかは、その場にいる警官の裁量に任せられている。
気分と言っても良い。
だから警官が怖いんだよ、それが権力だから。(爆)

さて、TPP問題に立ち返ろう。
制定されている禁止事項以外は何でもOKという米国企業と、許可体系下の日本の企業、あるいは個人が対峙したとき、どちらが強いのかという問題なのだ。
同じ法体系ならば、民族同士の力量の問題に帰結する。
そうなれば、頭が良くてカネを持っている人間が勝つのに決まってる。
しかし、法体系が違い、何でもござれの人間と何をやるにも許可が必要な人間が闘ったのなら、日本が負けるのは火を見るよりも明らかだ。
これは民族の力量の問題ではなく、ましてやオツムの良し悪しの問題でもない。

だから、小沢一郎などがよく言うのだが、
米 国と日本との力関係や歴史的状況を踏まえて、日本がTPPに参加しなければならないという状況に陥ったとき、負けてしまうのは明らかなのだから、まずは負 けたときの引き受け手、つまり、セーフティネットを構築しなければ容易には受け入れられないとするのは、至極当然のこととなる。
我が国における法体系の本質を変えられない以上、その体系下で民族救出を図らねばならない。

ご承知の通り全般的にみれば、TPPに際して農業問題などは大した問題ではなく、それ以外のものが彼らの狙いであることは明白なのだが、この種の法律整備は一朝一夕ではまず無理なこともまた明らかだ。
なので、
当分の間は、日本はのらりくらり、TPPを無視し続けるのが最良の選択となる。
本来ならばセーフティネットを構築してからとなるのだろうが、それも望み薄となれば、地獄に突き落とされることもまた既定路線であり、憂鬱は際限なく続く。

そして、日本において、既存法体系の改革など、むろん、論外だ。
理由は簡単である。
国民の無知の結果と、明治以来140年以上続く官僚を中心とする権力層の既得権益を阻害するからに他ならない。

さあて、
日本の真っ当なる政治家達は、この難局にどの様に立ち向かうのだろうか。 (笑)

文殊菩薩(ブログ版)より

http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-252.html#more

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