2018年12月18日 (火)

古墳時代 01

人生は冥土までの暇つぶし
「北満州と日本列島」シリーズを終え、「古墳時代」シリーズを本格的にスタートする前に、前稿「北満州と日本列島 05」で取り上げた、飯山(一郎)さんの「外圧と占領」という視座で、簡単に飯山史観の御浚をしておこう。

■第1回目 - 旧人から新人へ
日本列島の「外圧と占領」が過去に8回半あったとする投稿を、飯山一郎さんが掲示板「放知技」に投じた。その第1回目だが、飯山さんは以下のように書いている。

第1回目は,紀元前1万5千年前頃.コロポックル小人族や石器文化人が住む日本列島に土器文化人が侵入.縄文文化が始まる.


亀さん流に書くとすれば、以下のようになる。

第1回目は,紀元前10万年以上前、日本列島に来て定着した旧人のテニソン人などに代わって、4万年前あたりから新人の狩猟型縄文人が日本列島に徐々に流れてきて定着、やがて、狩猟型縄文人が大勢を占めるようになったのが紀元前1万2千年前頃であり、その時期を以て縄文時代の始まりとする。


縄文時代の始まりだが、飯山さんは「紀元前1万5千年前頃」、亀さんは「紀元前1万2千年前頃」という、ちょっとした違いがあるにせよ、このあたりについては今後の発掘調査に待ちたい。また、飯山さんは「ロポックル小人族や石器文化人」、亀さんは「旧人のテニソン人など」といった違いもあり、このあたりも今後の発掘調査を待つことにし、現段階では保留にしておこう。

ただ、ウィキペディアの「縄文土器」の項目にあるように、縄文土器の出現が約1万6000年前であることから、飯山さんの言う紀元前1万5千年前頃は、まだまだ狩猟型縄文人が主流派だったと、亀さんは思っている。

それはともかく、拙稿「北満州と日本列島 02」で亀さんは、縄文人の遠祖にあたる現生人類が、「4万年前頃に舟に乗った新人が日本列島に到達し始めた」という説を紹介しており、10万年以上前から日本列島に住み始めていた旧人と、4万年前から住み始めた新人の縄文人は、日本列島が峻険な山国であったということもあって、しばらくは大きな争いもなく共存していたのだろうと想像している。しかし、1万2000年前あたりから、日本列島のあちこちを移動していた狩猟型の縄文人、すなわち石器型縄文人が大勢を占めるようになり、次第に旧人は追い詰められ、やがて新人が日本列島の主となって縄文時代が始まった、と亀さんは思う。

そして、4万年前に日本列島に流れてきた狩猟型縄文人の中から、約1万6000年に土器が発明された、あるいは土器を携えて土器型縄文人が日本列島に流れてきたのだろう。そして、その土器こそが、移動型から定住型の縄文人になったきっかけである。やがて、土器の普及に伴い、第2回目の「外圧と占領」に突入した、ということになる。

ここで、何故に土器が定住のきっかけになったと亀さんは思うのか…。それは、土器が縄文人の定住を促したからである。このあたりについての論証が、世界戦略情報誌『みち』にある。それが以下の記事で、縄文人が移動型(狩猟型)から、定住型(土器型)に推移した経緯を知る上で、必読の記事だ。
定住革命の先駆者となった日本 2

■第2回目 - 土器から稲作へ
第2回目の「外圧と占領」について、飯山さんは以下のように記している。

第2回目は,紀元前5千年頃.定住稲作民族が移住してきて,移動型の縄文人に代わり農作定住民族が主流になる.いわゆる「弥生時代」.


やはり、ここでも亀さん流に第2回目を書いてみよう。

日本列島の新人、すなわち縄文人が石器型(狩猟型)から、土器型(定住型)の文化に変わっていった。そして、土器を手にすることにより定住する縄文人が増えていったのである。やがて、水田稲作を知る縄文人が紀元前5千年頃から、日本列島に流入、時の経過とともに日本列島は稲作型縄文人が、狩猟型縄文人に取って代わるようになり、そうした時代が古墳時代に突入するあたりまで続いた。


つまり、1万2000年前に土器が誕生して広まり、やがて5000年前に稲作を知る縄文人が日本列島に流入するようになり、土器型縄文人の代わりに稲作型縄文人が主流を占めるようになったのが3000年前(紀元前10世紀)、ということになるのではないだろうか。そのあたりから古墳時代に突入するまでの時代を、「弥生時代」と世の中では定めているようだが、実は、基本的に弥生時代というのは名ばかりで、本質は縄文時代と大差がなかった、すなわち弥生時代イコール縄文時代だったのである。

これは、どういうことか?

このあたりを理解するには、世界戦略情報誌『みち』の天童(竺丸)編集長の論文が必読となる。なかでも、「定住革命の先駆者となった日本 2」に重要な解が隠されている。すなわち…

定住するとは、家を造ってその中に住みつづけることであり、移動生活には不便な重い土器を作って使用することも定住の生活だからこそ可能になる。 世界でもっとも古いといわれる縄文土器の画期的意味について安田喜憲氏はこう力説している。

 僕は、土器というのは森の産物だと考えています。温帯の森の資源利用のなかから生まれたものです。土器を作るには、まず軟らかい土がないと駄目で、それには森林土壌が最適なのです。焼くためには燃料の木が要る。こねるためには水が要ります。森にはそのすべてが揃っている。……

 土器を作り出したことは、非常に革命的なことです。違う種類のものを一緒に煮て、違う味を出せるわけです。海からハマグリを、山からは木の実や山菜を取ってきてごった煮にすれば、まったく違う味が出る。それから煮沸しますから殺菌にもなる。煮ることで普通は食べられないものも柔らかくして食べられる。ですから、土器を作るというこ
とは、「食糧革命」でもあったわけです。(『環境と文明の世界史』五一~五二頁)


繰り返しになるが、土器の普及が縄文人をして定住を促し、稲作が広まったことで、定住が本格的になったということだ。これが、定説となっている「紀元前10世紀に弥生時代が始まった」につながるのである。このあたりの検証は、世界戦略情報誌『みち』の天童編集長が書いた論文、「縄文農耕の成熟と弥生水田稲作」の以下の記述を思い出していただきたい。

集団的労働システム運営の域にまで達していた縄文農耕の成熟を意図的に無視し「野蛮な狩猟採集経済段階」と決めつけた上で、渡来人による水田稲作の開始と弥生生活革命、それによる人口爆発などを描いて見せたNHKの『日本人はるかな旅』が、考古的・歴史的事実を歪曲する児戯にも等しい欺瞞であった。


つまり、われわれが教科書やNHKの番組(「日本人 はるかな旅」)を通じて、知り得た弥生時代のイメージは、大凡以下のようなものではないだろうか。

水田稲作が大量の渡来人によって日本列島にもちこまれて生活に一大革命が起こり、それが弥生時代という新時代の始まりとなった。


だが、これは全くの出鱈目であることは、前稿「北満州と日本列島 05」ですでに述べた。

要するに、基本的に弥生時代という時代は、そのまま縄文時代を引き継いだ時代だったであり、定説の「縄文時代→弥生時代→古墳時代」という図式は間違いで、本当は弥生時代を飛ばした「縄文時代→古墳時代」という図式が正しかったのである。このあたりについて実証している論文こそ、天童論文の一つである「渡来人は列島に埋没同化して姿を消した」だ。

 すなわち、紛れもなく朝鮮半島由来の土器を使用した人々が住んでいた痕跡が北部九州には存在する。しかし、それは独立した「渡来人集落」ではなく、すでに存在していた弥生式土器を使用する人々の集落の中に渡来人がいた、という程度の規模であった。しかも、長期間存在したとされる土生タイプも「一〇〇年後にはこの土器技法も弥生土器文化の中に埋没、土器もろとも同化され、姿を消した」(片岡宏司)のだった。これが「大規模な渡来」の本当の実態だったのである。


さて、石器型現生人類から土器型現生人類を主流としていた縄文時代、それに続く第二の縄文時代である〝弥生時代〟が、ついに終わりを告げる時が来た。

■第3回目 - 土器から古墳へ
第2回目の「外圧と占領」について、飯山さんは以下のように記している。

第3回目は,西暦紀元前後,古墳文化をもつ豪族たちが侵入してきて,日本は豪族・古墳文化の時代になる.


飯山さんの第3回目の記述に、亀さんも概ね同意である。

ところで、ここで頭から離れない従来の疑問を思い出した。それは…

何故にユーラシア大陸で古墳が誕生したのか。シャーマニズム、あるいはツランに共通する膠着語という言語が関係するのか…。また、古代人にとって、古墳とは一体全体何だったのか?


というものである。これについては次稿以降で展開していこう。時代を少し遡るかもしれないが、再びユーラシア大陸に視点を移すことになる。

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     『シルクロードの経済人類学』

【追伸】
放知技の小ボンボンさんが、以下のような投稿を行った。

稲の発祥は日本!
http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16557737/467/


ソー言えば、上記の飯山さんの私見を、直接本人から聞いたような、いないようなwww

そして、小ボンボンの投稿を読んで咄嗟に思い出したのが、栗原茂さんの以下の記述であった。

過去と未来の連続性を保つものには、何事も前段があり、その原点を幼稚(ようち)と思うのは大間違いであり、その原点が付加価値(ふかかち)をもつからこそ、未来に及ぶ技芸(ぎげい)の磨錬(まれん)に通じて、その労働の成果が潜在力となり、それら遺伝情報が培わ(つちか)れるがゆえ、現在という場を乗り越える力が発揮(はっき)できるのだ。家紋も同位相であり、通説は縄文時代に土器が出現したといい、一万二〇〇〇年前説から一万六五〇〇年前説まであるが、無文と別に、豆粒文、(とうりゅうもん)爪形文(つめがたもん)、隆起線文(りゅうきせんもん)、磨消縄文な(すりけしじょうもん)どの出土があるという。これこそ後に氏が家紋を用いる原点であり、それは草木(そうもく)の自生種観察(かんさつ)と稲類の栽培(さいばい)に端(たん)を発するのだ。
◆舎人家紋講座24

2018年12月17日 (月)

高麗神社と皇室

人生は冥土までの暇つぶし
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高麗神社

平成最後となる来週の天皇誕生日(12月23日)、放知技の数名の道友と一緒に高麗神社を訪問して参拝するが、訪問に先立ち、予習の意味で本稿をアップさせていただく。

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右端は高麗宮司

昨年の9月20~21日、天皇皇后両陛下が埼玉県を御訪問、高麗神社に御親拝され(天皇家と高麗神社)、かつ渋沢栄一記念館を御視察されている。渋沢栄一と言えば、近代日本の礎を築いた人物であると同時に、徳川慶喜公の信任が大変厚い人物であった。そのあたりは、落合莞爾さんが著した『奇兵隊天皇と長州卒族の明治維新』、「第七章  慶喜と大政奉還」にある、「渋沢栄一の衷情が滲む『慶喜公伝』」に目を通せば、自ずと納得いただけよう。

一方、両陛下の高麗神社ご訪問を巡ってAERAが、「朝鮮半島からの渡来人にゆかりのある日高市の高麗神社への参拝を巡り、ちょっとした騒ぎが起きた」などと書いていたが、そんなことよりも亀さんが注目したのは、「境内に若光の石碑が建立され、除幕式には高円宮家の久子さまも出席されています」という高麗文康宮司の発言、そして高麗宮司に陛下が御下問されたという以下のお言葉である。高麗宮司とは過去に幾度か会っているが、どのように宮司が陛下に回答したのか、次回訊いてみたいと思っている。

陛下 :高句麗や百済などの国がどうして滅んだのか。


それから、以下は2016年4月23日に撮影された写真、「高麗神社に建立された石碑の除幕式に臨席された高円宮妃久子さま」である。

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ちなみに、来年は天皇になられる皇太子殿下も昭和51年、同神社を参拝されている。また、同神社には大勢の政治家も参拝しており、そのうちの六名が後の総理大臣に就任した。さらに、あの川島芳子も同神社を訪れているのだ(川島芳子 生死の謎)。

ここで、読者は思うことだろう、「高麗神社とは一体、どういう神社なのか?」と。このあたりの謎を解くヒントは、上に示した高麗宮司への陛下からの御下問にある。拙稿「まぼろしの古都」を一読いただきたい。

この高麗王若光と同じ時代の空気を吸っていた人物に天武天皇がいた。天武天皇とは一体何者だったのかについて、未だに多くの謎に包まれているのだが、その天武天皇と高麗王若光についての貴重な記事が昨秋、世界戦略情報誌『みち』(平成25年11月15日号)の「巻頭言」に掲載された。以下に一部を引用しておこう。

  天武天皇による「複都制」の構想は、歴史的に突厥と渤海、そして遼の都城構想に連なるものであり、しかも恐らくはそのいずれに対しても歴史的に先蹤となる地位を占めている。ただ惜しむらくは、天武天皇がこの複都制構想に基づく都城を建設することなく崩御され、わが国において五京制が陽の目を見ることなく終わったことである。

     もし、天武天皇がもう少し長生きをされ、わが国に「五京制」を実現されていたとすれば、難波京と飛鳥京の外に、信濃佐久京と能登福良(ふくら)京(石川県羽咋郡富来町福浦)、そして武蔵高麗京(埼玉県日高市及び飯能市)という三京を置かれたのではなかろうか、と想像を逞しくしている。福良京は後に渤海使節のために「能登客院」が設置され(ようとし)た地で、武蔵高麗京は高句麗遺民の若光王のため高麗郡を置いた地(現在は高麗神社がある)である。

天武天皇が構想したという「複都制」を目にし、咄嗟に思い出したのが旧ブログで取り上げた、栗本慎一郎の『シルクロードの経済人類学』だった。つまり、天武天皇の出自は草原の民、すなわち遊牧民だったのかもしれないと思うに至ったのである。第一、そうでなければ草原の民独特の「複都制」構想が、出てくるはずがないではないか…。その天武天皇の寿命がもう少し長かったら、武蔵高麗京(埼玉県日高市及び飯能市)が都の一つになっていたかもしれず、改めて幻(まぼろし)の古都に住んでいることの不思議さを感じた。


上記に栗本慎一郎氏の名前が出てくるが、『栗本慎一郎の全世界史』p.198にある以下の図をご覧いただきたい。この図については、亀さん的に幾つか納得のいかない点がある。たとえば、「北魏」。栗本氏の図からは、北魏と日本の〝深い〟交流について示されていないが、亀さんが「青州で思ふ(3)」に書いたように、「奈良の平城京は北魏の平壌がモデル」であったことを思えば、何故にこのあたりを栗本氏は言及しなかったのか、腑に落ちないのである。このあたりは、いずれじっくりと確認していきたいと思う。
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2018年12月14日 (金)

パワフル爺さん

人生は冥土までの暇つぶし
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へっぴりごしさんは、精力的に大量のブログ記事を、連日のようにアップしている、超パワフルなGIII(爺)さんである。アップしているのは、世界や日本の政治や経済といった記事が主なのだが、時には身近な記事もある。たとえば、最近の記事で目が留まったのが以下の記事…
繰り下げ受給PR=「ねんきん定期便」見直し-厚労省

へっぴりごしさんは、以下のようなコメントを残している。

余程「健康に自信」があり、65歳過ぎても「生活できる年収」を確保出来なければ、申請しない・・・鴨ネ。

65歳以上で70歳まで、「職に着ける人」はどのくらいいるのでしょうか?


65歳の誕生日を迎える直前、「死生観を持とう」という記事を亀さんはアップしているが、その中で以下のように書いた。

年金の支給開始は70歳からでE-


これは、へっぴりごしさんの言葉を借りれば、「健康に自信」がまぁあり、「生活できる年収」を70歳までソコソコ確保できると判断したからだ。亀さんは20年近く英日翻訳で生計を立てており、事故に出遭ったり、病気にでもならない限り、70歳まで現役を続けていく自信はある。尤も、流石に五十代の頃のように、睡眠時間を除く一日16時間仕事に没頭するという集中力はなくなったものの、「語彙力」は少しずつだが、伸びているのではと何となく思っていたんだが、最近、それを証明してくれる記事に出会った。それが以下の記事だ。
「能力のピーク」が40代以降に来る人の思考法

同記事には、以下のようなイラストが掲載されている。

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イラストを見ると、「語彙力」のピークは67歳とある。だから亀さんの場合、これから「語彙力」ピークを迎えるということらしい。この語彙力を磨く上で亀さんが必ず目を通しているのが、「山岸勝榮の日英語サロン」というブログだ。山岸先生は大学の元教授だが、定年後の今でも、毎日精力的にブログ記事を書き続けておられ、そのバイタリティーには頭が下がる思いだ。そして、先生のブログ読み続けることでブラシュアップできるのは、何も英語だけではない。 ナント! 日本語もブラシュアップできるのでR。

語彙力? 俺(私)はブログをやっているわけでもねぇし、関係ネーなどと言わないでいただきたい。過日の拙稿「スピーチは自己啓発の原点」で紹介した、『話す力が身につく本』という本にも書いてあることだが、相手に理解してもらえるように話すには、相手に自分の思いや考えが確実に伝わる文章力が必要だ。つまり、話す・書くという能力は両輪の関係にある。

最後に、拙稿「死生観を持とう」にも書いた以下の真実、この機会に改めて噛み締めてみようではないか。

・人は必ず死ぬ
・人生は一回しかない
・人は何時死ぬか分からない

2018年12月12日 (水)

日経225先物チャートで反発ポイントを探る

文殊菩薩

日経225先物チャートで反発ポイントを探る


短期的な下値目処の確認方法は?

休むも相場。お茶とみかんで・・・
(↓日経225先物日足チャート)
Nikkei225

軟調な相場が続いているが、現在は上下繰り返し
チャートを整えている局面でもある。

このような時は【待つも相場】も一つ。
お茶を飲みながら、『ビタミンC』を含んだみかんを食べて
抗酸化作用による活性酸素除去!&免疫力向上で風邪予防!
体調管理・健康管理も相場には重要だ。

で、日経225先物の日足チャート。
12月7日の【長い下ヒゲ出現】により下値支持線が
描きやすくなっている。

日中値動きの中で・・・
日経225先物がその下値支持線付近に接近した局面では
日経平均も反発に向かう可能性が高くなる!

上記チャートのように安値を結んだ【青線ライン①】が
今後の短期的な下値目処。
(右下がりの【赤線ライン②】は・・・
さらに深く下押した場合の下値目処)

あ、先ほどのお茶&みかん。無農薬・無化学肥料!
他では中々買えない『かんだい・ネットショップ』のみの商品です。
とにかく本物志向!
(お店の入り口は右上へ。もしくはここです!))



酒田宗休 (S&I Stock Analysis Party)

2018年12月 7日 (金)

おっさんの秘みつ

人生は冥土までの暇つぶし
今日は、堺のおっさんの重要なヒ・ミ・ツを書く。

過日、大阪で行われた「故飯山一郎氏を送る会」で、堺のおっさんが司会を務めたわけだが、前日の堺のおっさんは風邪気味で、とても声を出せるような状態ではなかった…。

そこで、堺のおっさんがとった方法が凄い。

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http://grnba.bbs.fc2.com/reply/16563101/37/

ナント、蜂蜜で危機を乗り越えたのだとwww。実わここ数年、亀さんも蜂蜜を愛用している。三日前も「志布志の秘みつ」つうホンモノの蜂蜜を、かんだい・ネットショップに注文したばかりだ。

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志布志の秘みつ

蜂蜜と言えば、五月に飯能市で開催されたツーデーマーチの前の晩、出世外人さんが拙宅に泊まってくれたんだが、コーヒーに蜂蜜を入れると美味い象…、と冗談で言ったら、本当に、蜂蜜を入れてゴクリゴクリと飲んでいた… ∑q|゚Д゚|pワオォ!!

ところがである、後にネットで確認したところ、ナント! コーヒーに蜂蜜を入れて飲むのが、今日ではトレンディなんだとwww
はちみつとコーヒーの相性は意外に合う!

それにしても、コーヒーはブラックで飲むのが、大人の飲み方とばかり思っていた亀さんなので、コーヒーに蜂蜜なんて豚でもないと、今までは思っていたんだが、これからわ考えを改めなければならないようだワイ。

ここで、「みつばちの大地」と題する記事を、数年前に書いたのを思い出した…



ところで、堺のおっさんは投稿に、「おっさんの若さの秘密」と書いているんだが、風邪を直すのと若さの秘密とは、関係ないと思うんだが…

【グリコのおまけ】

2018年12月 4日 (火)

北満州と日本列島 01

人生は冥土までの暇つぶし
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北満州と日本列島

アフリカ大陸で誕生した人類がユーラシア大陸に進出し、人類初の文明(ミヌシンスク文明)がシベリアの地で誕生したという、ラフスケッチを前稿(ミヌシンスク文明 02 )で一応描き終えたので、今回から視点を移して、東アジア、すなわち北満州(上図右上の桃色部位)と日本列島に焦点を当ててみたい。

北満州と日本列島についてだが、亀さんが思索を巡らせたテーマは主に二つあった。

一つは、満州の一部である北満州(外満州)の地で誕生した、〝遼河文明〟についてである。この〝遼河文明〟は〝黄河文明〟および〝長江文明〟と並び立つ、中国の〝三大文明〟の一つとして世間では捉えているようだ。その〝遼河文明〟はウラル系民族が興したものであり、その後にツングース系民族が北満州に進出してウラル系民族にとって代わり、さらにその一部が日本列島に渡航したということになる。換言すれば、ツングース系民族こそが我々日本人の祖先というわけだ。

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文明の出発点、南シベリア(『栗本慎一郎の全世界史』p.76)

さて、上掲の「文明の出発点、南シベリア」を見ていただきたい。栗本氏は人類初の文明をミヌシンスク文明としているのだが、このミヌシンスク文明は前稿の天童竺丸さんの論文「ミヌシンスク文明再論」にもある通り、時間を遡っても紀元前3500年のアファナシェポ文明(紀前3500~2000年)がせいぜいである。一方、〝遼河文明〟が誕生したのは、ナント、紀元前6200年前に遡る。

ここで、上掲の「文明の出発点、南シベリア」に描いた、紫色の円で囲んだ箇所に注目すれば、北満州から南シベリアへと矢印が向かっている(逆ではない)のにお気づきと思う。つまり、栗本氏は明らかに、北満州で誕生した諸文化の方が古いことを知っているのである。それなのに、栗本氏は〝遼河文明〟を最古の〝文明〟と呼んでいない…。何故だろうか?

これは、栗本氏の考える文明と文化の定義にある。少々長文になるものの、以下を一読されたい。

われわれが文明と呼んでいるのは、各地(各国)や各民族の固有の文化をいくらかの地域的まとまりをもって捉え、かつ時間的にいささかの長さの中において考えられるものである。つまり、一定の時間的継続を持ちいくつかの文化と地域をまとめる諸文化の総合を文明という。

その総合や統合、時には統治のあり方は文明の性格の重要な要素であって、われわれはしばしば建物や美術・工芸にばかり目が行きがちになることを抑えねばならない。宗教と交易のあり方は普通、非常に密接なものであって、そのことは王や皇帝の統治の基本にも大きくかかわるものである。私たちはこの前提(宗教と交易のありかたを重視する)を持ちながら、はじめてローマ文明であるとか中国文明、エジプト文明、メソポタミア文明というものを考えることが出来る。だから、交易を考える経済人類学者は歴史の記述に強い関心を持ってきたのだ。

文明とは時間的にも地域的にもある程度の限定があるのだ。たとえば、ローマ文明の概念や成果の中に中世や近代のイタリア文化は含めない。もちろん、現代イタリアにローマ文明の影響があるのは当然だがそれは別問題だ。

また、日本文明という言葉が使われないのは、文明と言うには日本文化の根付く地域が狭すぎるし、日本文化がある一定の期間にだけ特別の性格を持ったということが認められないからである。つまり、地域的にはまとまりが小さすぎ、かつ時間的にまとまりがなさすぎるから文明とは言わない。

一方、文化のほうは、むしろ広がりよりもまとまりや深まりを持つもので、かつ時間的には文明よりも長く、時には永遠に続くものだ。日本文化という場合、あきらかにそうであろう。その場合、もちろん、重要な要素は変化変容することもあるが、いくつかの重要な要素は不変であることが多い。だから、日本文化は世界的にも顕著な根強いものとして存在するのだ。

『ゆがめられた地球文明の歴史』p.20~21


つまり、〝遼河文明〟は文明として、栗本氏の定義に当てはまらないということなのだ。そのあたりを理解するキーワードは、下線で示した「経済人類学」である。

ここで、〝遼河文明〟の中で誕生した諸文化を整理した、サイトがあるので以下に紹介しておこう。同サイトは中国文明、すなわち〝黄河文明〟、〝長江文明〟、〝遼河文明〟で誕生した諸文化を紹介しているサイトなのだが、同ページを下にスクロールしていけば、四分の三あたりに〝遼河文明〟で発生した諸文化の解説に行き着く。
東アジアの古代史

同サイトも、〝遼河文明〟だの、倭国=日本だのと書いているwww。それはともかく、少なくとも亀さんが確認した限り、栗本氏のように経済人類学に立脚した視座で、文明と文化を捉えているサイトに今までに出会ったことがない。この経済人類学については、栗本氏の経済人類学関連の書籍、あるいは栗本氏が私淑していたカール・ポランニーの一連の著作、例えば『経済と文明』あたりがヒントになるが、本稿では割愛する。

次に、北満州と日本列島について、亀さんが思索を巡らせたもう一つのテーマは、日本列島に関するもので、4~3万年前に確実に存在していた日本列島の旧石器時代の人々、そして1万6千年前に縄文時代に突入し、弥生時代を経て古墳時代に入るあたりまで、日本列島に流れ込んできた人々についてである。このあたりは、長くなりそうなので次稿以降に回したい。

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アムール川

2018年11月27日 (火)

『飯山一郎最終講義』のビデオ公開

文殊菩薩

『飯山一郎最終講義』のビデオ公開

 

昨日の「故飯山一郎氏を送る会」で放映されたビデオを、ぜひネットで公開して欲しいとの声が多数よせられました。

そこで、製作者の絶食青年君の協力を得てYoutubeにアップしてもらい、皆さんにも見てもらえるようになりました。

およそ30分のビデオですが、生前の飯山一郎先生の最後の姿を収めた貴重なフィルムとなっています。

絶食青年君が一生懸命に字幕をつけてくれたおかげでとても理解しやすく、飯山先生の案内で志布志の名所を巡ることができます。

11月25日の「送る会」に参加できなかった方でも、このビデオを見て飯山一郎先生の旅立ちを見送ってください。

野崎晃市(44)
2018-11-26(21:17)


2018年11月26日 (月)

「故飯山一郎氏を送る会」を挙行

文殊菩薩

「故飯山一郎氏を送る会」を挙行

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「故飯山一郎氏を送る会」の様子

本日は新大阪駅付近の大阪コロナホテルの会議室にて、「故飯山一郎氏を送る会」がしめやかに執り行われました。

全国の各地や海外からも故飯山氏を慕うファンが大勢集まり、生前の飯山氏の様子を収めたビデオを見て涙を流しました。

飯山氏と交友のあった元日本郵便副会長で黒潮文明論などの著作で知られる稲村公望氏によって、献杯の挨拶が述べられました。

また、飯山氏の追悼記念文集として『飯山一郎最終講義 金正恩が統一朝鮮王になる!!』の出版発表がなされました。

その後に、友人やファンのみなさんからのコメント、また遺族の方からの挨拶等などがあり、送る会は円満に終了いたしました。

遠くよりお越しいただいたファンの皆様に感謝致しますとともに、今後とも「てげてげ」や「文殊菩薩」へのご愛顧をお願い申し上げます。

野崎晃市(44)
2018-11-25(21:07)


2018年11月22日 (木)

『ゴーンショック!』の日産自動車チャート

文殊菩薩

『ゴーンショック!』の日産自動車チャート


日産自動車の技術は盗ませない!日本の技術を守る!
日本伝統技術、【かんだい・ネットショップ復活販売】の
『誠貴作』超高級包丁も然り。


(その高級包丁がこれだ!→ぜひともここを見て頂きたい
20181110184948c08



(日産自動車月足チャート↓)
20181120175732e72

(日産自動車日足チャート↓)
201811201758000aa

その日本企業、日産自動車。今後新たな極悪材料がでるのか??
気になるところではあるが・・・
株価チャート上では、2009年~2012年の保ち合い相場に注目!

というのは、過去に保ち合い相場が展開された価格帯では
株価下落傾向がストップしやすい「株価習性」があり

     ■保ち合い部分の中央値
     ■保ち合い部分の下限値

チャート分析では・・・
この2点をチェックし、おさえておくことが重要とされるからだ。

で、日産自動車の上記月足チャートを見てみると

    ・【保ち合い部分の中央値(青線①)】
    ・【赤の下値支持線②】

が交差する箇所があり、分かりやすいチャートとなっている。

          ↓↓↓↓

   今後さらなるショック安があった場合でも
   この2つのライン付近では下げ止まる可能性が高い!
   ということでもある。

中長期的にはこのラインが位置する価格帯を頭の片隅に入れておきつつ
売り勢力の短期的な下値ターゲットである日足チャート
【青の下値支持線③】が位置する価格帯も随時チェック!
ということでしょう。

と皆様、よい連休を♪
酒田宗休、「かんだい・ネットショップ」へ週末の買い物に行って参ります!


酒田宗休 (S&I Stock Analysis Party)
2018-11-22(18:29)


2018年11月20日 (火)

『飯山一郎最終講義』の予約受付開始

文殊菩薩

『飯山一郎最終講義』の予約受付開始

写真をクリックするとアマゾンが開きます

『飯山一郎最終講義 金正恩が統一朝鮮王になる!!』の予約受付がアマゾンで始まりました。

常に独自のユニークな世界情勢分析や、辛辣な評論を自身のブログ「てげてげ」に書き綴ってきた故飯山一郎氏。

2018年7月20日に逝去した飯山一郎氏の追悼記念として、未発表の原稿や仲間たちの追悼文などが収録されています。

第一部は、雑誌『スターピープル』に連載された「新日本国建設神話」。

第二部は、北朝鮮と金正恩の将来を予言した対談「金正恩が統一朝鮮王になる‼」。

第三部は、友人やファンから寄せられた追悼文です。
目次

第一部 「新日本国建設神話」
第一話 国やぶれて 山河なし
第二話 「日本」という国名の秘密
第三話 『新日本国建国』の方法と知恵
第四話 『新日本国建国』の時、世界は?
第五話 『新日本国建国』は現在進行中!
第六話 山東省・慶雲県の汚泥まみれの戦場にて
第七話 数世紀に一度の大転換期に入った世界
第八話   二〇一七年二月十一日、日本は独立した!
第九話 〝考える葦〟になろう!
第十話  日本民族の繁栄を祈る!

第二部 「金正恩が統一朝鮮王になる!!」
第一講 金正恩の血筋を追え‼
第二講 朝鮮半島統一を巡る裏の争い
第三講 金正恩と核ミサイル
第四講 南北統一へのプロセス

第三部 「追悼・飯山一郎先生」
船は出てゆく想い出残る(稲村公望)
飯山史観を後世に遺す(亀山信夫)
飯山一郎先生と藤原肇博士(伊藤周太)
飯山一郎氏の思想は他の識者の思想とどこが違うのか(川村明)
飯山先生、心から、ありがとうございました。でもさようならは言いません(大江ゆみ)
飯山一郎礼讃(加藤厚志)
飲尿獣医と飯山一郎先生(佐久間稔)
志布志を訪ねて(安井三惠)
追悼 飯山一郎先生(魚津達哉)
飯山一郎という生き方・全国の同志に捧げる(日高三仁)

2018年11月19日 (月)

ゴーン逮捕はフランス政府の陰謀か

文殊菩薩

ゴーン逮捕はフランス政府の陰謀か

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ゴーン逮捕はフランス政府の陰謀か

日産・三菱・ルノー連合の会長として自動車業界に君臨していたゴーン氏が、東京地検特捜部に報酬の過少申告で逮捕された。

ゴーン氏のような大物が逮捕されるというのは、報酬の過少申告は表向きの理由で、裏に何らかの政治的な力が働いたと見るべきであろう。

どうやら、フランスのマクロン大統領はルノー社による日産の統合と吸収合併を狙っていたが、ゴーン氏はそれに抵抗していたらしい。

というのは、ルノー社というのはフランスの国営企業のような性格を持っており、フランス政府がルノーの大株主になっているそうだ。

ところが、ゴーン氏はルノー社と同時に独立性のある日産と三菱の会長であったため、必ずしもフランスの意向に従わなかったのだ。

フランスが狙っているのは、日産のリーフなどが使用している電気自動車製造のノウハウなどを手に入れることを目的としているようだ。

フランスが日産と三菱を完全に手中に収めて電気自動車の技術を乗っ取るために、邪魔となるゴーン氏を排除したとの見方もある。

しかし、made in japan だから日産なのに、フランス資本になってフランスに工場移転したら日産ではなく仏産(ほとけさん)になってしまうね。

野崎晃市(44)
2018-11-19(22:18)

2018年11月16日 (金)

日朝がモンゴルで秘密会談

文殊菩薩

日朝がモンゴルで秘密会談

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北村滋内閣報道官と北朝鮮統一戦線部室長金聖恵

報道によると、11月9日日本の内閣情報官の北村滋と北朝鮮統一戦線部の金聖惠がモンゴルのウランバートルで秘密会談を行った。

金聖恵は女性だが金正恩から深く信任されており、今年5月には金英哲副委員長の訪米に同行するなど外交で重要な役割を果たしている。

北村滋情報官と金聖恵は先月にも接触を試みたが、金聖恵が姿を現さずに待ちぼうけをくらわされたらしい。しかし、今回は会えた模様だ。

さらに13日には北村滋情報官はワシントンに赴き、北朝鮮との秘密会談の内容について報告した。以前に米国から批判されたためであろう。

おそらく、来年春に第二回米朝首脳会談が挙行された後に、続いて日朝首脳会談が行われ北朝鮮への経済支援が決まる可能性が高い。


野崎晃市(44)

2018-11-15(23:59)

2018年11月15日 (木)

日露首脳会談で日露平和条約に向けて加速

文殊菩薩

日露首脳会談で日露平和条約に向けて加速

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シンガポールでのASEAN首脳会談で、日露首脳会談により1956年の日露共同宣言に基づき交渉を活性化することが合意された。

今回は異例にも秋葉剛男外務次官が同行したが、秋葉次官はロシアとの交渉や北方領土問題を担当してきた国際法のエキスパートだ。

今回の合意は解釈の余地が残る曖昧な表現だが、日露平和条約締結に向けて両国が交渉の準備を開始するという意味であろう。

日露の提携深化を象徴するのは、11月12日ロシアの原子力専門企業ロスアトムが東京事務所を開設したことにも見られる(記 事)。

ロスアトムはチェルノブイリでの経験を生かして、フクイチの鎮圧方法を研究している企業でもあるためフクイチ鎮圧にも期待が膨らむ。

野崎晃市(44)
2018-11-14(23:05)


2018年11月14日 (水)

シンガポールで日露首脳会談

文殊菩薩

シンガポールで日露首脳会談

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間もなくシンガポールで日露首脳会談

明日にもシンガポールのASEAN首脳会談で、プーチンと安倍首相が日露平和条約と軍事同盟締結について話し合う予定だ。

話し合いで北方領土について触れるのは日本国内向け対策で、北方領土がもう日本には帰ってこないことは日本側も承知済みだろう。

ロシアも北方領土を返す気はなく、昨日からクリルに中国の経済開発視察団が訪れて中露で北方領土の開発を進める話が進められている。

ただし、シベリア鉄道と南北朝鮮縦断鉄道の連結により、北海道まで天然ガスと鉄道を延長するため日露平和条約が必要となってくる。

また米国が東アジアにおける軍事的プレゼンスを低下させるため、その後の安全保障の新しい枠組みを構築することが目的となるであろう。

野崎晃市(44)
2018-11-13(23:54)

2018年11月13日 (火)

目と目で通じ合うトランプとプーチン

文殊菩薩

目と目で通じ合うトランプとプーチン

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プーチンにウインクするトランプ

11月11日フランスのパリで開催された第一次世界大戦終結100年のイベントで、トランプがプーチンにウインクしたと話題となっている。

もともとトランプはプーチンと会談する予定であったが、中間選挙での結果が思わしくなかったことやフランスの反対で見送られた。

フランスは昼食会でもトランプとプーチンが話ができないように反対側に配置したのだが、トランプはウインクで意思を伝達したようだ。

プーチンとトランプは正式な会談こそできなかったものの、短く挨拶を交わす程度の接触をして互いに好感を伝えあったようである。

愛し合う二人の邪魔をするのは野暮だが、例え邪魔をされても二人の恋人の間では目線だけで好意を伝えることが出来るものである。


野崎晃市(44)
2018-11-12(21:19)



2018年11月10日 (土)

幻の名作『誠貴作』包丁5本セット

文殊菩薩

幻の名作『誠貴作』包丁5本セット

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写真をクリックすると「かんだい・ネットショップ」に飛びます

飯山一郎氏御用達の超高級包丁『誠貴作』が多数のご要望により、完全限定で「かんだい・ネットショップ」にて復活販売となりました。

『誠貴作』超高級包丁は27500円(税込)。贅沢に柄は黒檀、口金は水牛の角巻きです。

贅沢な素材を使用した超高級包丁は、そこらではなかなか手に入りません。今回も10本限定です。

今回は、飯山一郎氏が生前に企画していたワンランク上の刅物鋼による「5丁組包丁」(1セット限定)も入荷。こちらは250000円です。

家宝や美術品として家に飾るもよし、日々の料理に抜群の切れ味を体感するのもよし、の贅沢すぎる逸品です。

特に、今回の「5丁組包丁」は、硬軟二種類以上の鋼鉄を合わせて造った、なんと“八層構造”および“十六層構造”の精華です。

♪包丁~一本 さらしに巻いて~♪。一目見ただけで、すごさがわかる幻の名刀で、あなたも華麗な必殺調理人に大変身です。

野崎晃市(44)
2018-11-10(18:55)



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